中野京子 『怖い絵』

怖い絵怖い絵
(2007/07/18)
中野 京子

商品詳細を見る


中野京子 『怖い絵』 読了。

先日、仕事中にふと手に取った画集のある絵に見入ってしまいまして。
それがこれ。

Ivan IV Vasilevich_R

イリヤ・レーピン『イワン雷帝とその息子イワン』
(1885年, 油彩, 200×254cm, トレチャコフ美術館蔵)

こめかみからおびただしい血を流し、もはや息があるのかも定かでない男と、
血管の浮いた手でその男の腰と、血の吹き出すこめかみを抑える老人。
男の手当てをするでもなく、呼びかけるわけでもなく、ただただ
茫然と中空を見つめるだけの老人の心中の絶叫が聞こえるようだ。

「どうか、夢であってくれ。
これは悪い夢であると誰か言ってくれ。誰か!」



原題は「Иван Грозный и сын его Иван 16 ноября 1581 года」
(「1581年11月16日のイワン雷帝とその息子イワン」)という。

わたしが見たのがロシア語の画集だったので、タイトルから
イワン4世とその息子であるということくらいしかわからず、
詳細が載っているものがないかと探したところ、この本に行き着いた。

恥ずかしながら、イリヤ・レーピンの名も初めて知りました。
ロシアにこんなすごい絵を描く人がいただなんて知らなかった。

原題にもある、イワン4世のあだ名である“Гро́зный”というのは
ロシア語で「峻厳な、恐怖を与える、脅すような」という意味に当たり、
本来“雷”という意味はないのだそうだが、
“Гро́зный”の元となった名詞“Гроза́”(ひどく厳格な人、雷雨)から
日本では“雷帝”と和訳されたそうだ。(Wikipediaより)

絵画の手前に転がる王笏。これこそツァーリ(ロシア皇帝)の証だ。
残虐な暴君として恐れられるイワン4世は、気にくわぬ者に対して
しょっちゅうこの王笏で打ち据えていたという。

よく見ると、王笏にも血の染みがついている。
そう、老人・・イワン雷帝は、この王笏を怒りに任せて振り下ろしたのだ。
後継者として愛した、自分の息子である皇太子の頭目掛けて。

豪奢な絨毯が波打ち、椅子は倒れている。
頭を強打され、崩れ落ちる息子に駆け寄ったはずみで椅子が倒れたのだろうか。

老いた父の腕に抱きとめられて、皇太子は何か言葉を発しただろうか。

雷帝が我に返った時、息子の命はすでに消えかかっている。


レーピンが描いた雷帝の目に、狂気の色は見えない。
後悔や絶望とも少し違うように思う。
自分のしでかしたことが、取り返しのつかないことであるのに気づき、
ただただ怯え、震え、夢であって欲しいと願っているように見える。


怖い。これはまさに“怖い絵”である。


ところでこの絵のイワン雷帝、何歳に見えるでしょうか。
もう70歳をいくつか超えている・・くらいに見えませんか。

ところが、このイワン雷帝が息子を誤って殺した(これ自体は紛れもない史実です)
のは、1581年、雷帝はまだ52歳です。
16世紀と現代では平均寿命も違うでしょうし、当時の52歳といえば
充分老人の域だったのかもしれませんが、それにしたってこの老いさらばえた姿!

「一気に老け込む」という表現をしますが、これがまさにそれなんじゃないか。


ちなみに、なぜ雷帝が息子を殺してしまったのか、
いさかいの原因はなんだったのか、ということは諸説あり、
はっきりとはわかっていないそうですが(そりゃそうだろうな)
皇太子妃が雷帝の不興を買い、笏で打たれたのが原因で流産してしまい、
そのことを父に抗議しに来た皇太子と口論になった、というのが
民衆の間では広く流布しているそうです。
(Wikipediaではこれを事実のように断定してますけどね)

この本ではさらに、イワン雷帝が統治していたロシアの時代背景や、
これを描いたレーピンが、革命のまっただ中に何を思ってこの絵を描いたか、
というようなことが解説してあり、
こういう切り口で絵画を見る、ということ自体がとても新鮮に感じました。

この手の本にありがちな「おいおいそりゃいくらなんでも無理があるだろう」
ていうこじつけや、事実を捻じ曲げるような解釈はなく、
(ホガース『グラハム家の子どもたち』の解説だけは
ちょーっと苦しいかなって気がしたけど(´ω`;)
トンデモ本とは一線を画しています。


このレーピンの絵や、ゴヤの『我が子を喰らうサトゥルヌス』のように
一目見て「ああ、恐ろしい」という絵だけではなく、
「どこが怖いっていうの??」というただただ美しい名画にも
(例:ドガ『エトワール、または舞台の踊り子』)
実はこんな事実が隠されているんですよ、というものもあります。

このシリーズかなり好評だったようで、単行本は3まで出てます。
NHKの教養系講座でも放映してたみたいですし、文庫版も去年第2弾が出てますね。
この文庫版の「死と乙女篇」の表紙の「皇女ソフィア」も
イリヤ・レーピンの作ですが・・・こえええ(llФwФ`)ガクガクブルブル

このタイトルで隠れてよく見えない部分、窓の外にぼんやりと木の陰が
見えるんですけどね、これね、良く見るとね・・・ゲフンゴフン、

怖い絵  死と乙女篇 (角川文庫)怖い絵 死と乙女篇 (角川文庫)
(2012/08/25)
中野 京子

商品詳細を見る


怖い絵 泣く女篇 (角川文庫)怖い絵 泣く女篇 (角川文庫)
(2011/07/23)
中野 京子

商品詳細を見る



この本の欠点といえば、肝心の絵が若干見にくいことでしょうか。
もっと近くで!!もっとじっくり隅々まで見たい!!!とじれったくなる。

この本を読んで予備知識をつけてから展覧会で実物を見る・・・というのが
一番いい楽しみ方のような気がします。

『イワン雷帝とその息子イワン』も、200×254cm、とありますから
実物は相っ当迫力があるでしょうね!!
ああー、これは実物を見てみたいなあ~モスクワか・・・・_(′ω‵_)⌒)_

2 件のコメント:

  1. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    おお、この本結構売れてるようでしたし、気になってたんですよ。
    今展覧会をやってるフランシスベーコンは観たらすぐに怖っ!って思ってしまいますけど、
    僕は歴史(特に世界史)が苦手なので、こういうのをとっかかりにすれば勉強できるかもと思いました。
    「皇女ソフィア」で画像検索してしまいまして、窓の外に気付いた上に、後ろにボンヤリ立ってる娘にも気付いてヒイイィィィィッ!ってなりました(笑)。
    絵や写真は実物を見るのが一番楽しいですよね。
    200×254は相当デカイですねー。
    サイズ聞くだけでワクワクします(笑)。

    返信削除
  2. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス十世像>による習作」がこの本に載ってて、見た瞬間「怖ッッ!」ってリアルに声出ました。
    ベーコン展今やってるんですよね!東京はやっぱり展覧会があちこちでやっていていいなあ。今は「貴婦人と一角獣展」がすごく楽しみで、7月の大阪展に向けて今色々と勉強しているところです。
    わたしも大人になってから、「歴史もっと勉強しときゃよかったな~」ってすごく思いますね。特にキリスト教圏の文化がまったくわからないので、絵画や映画のちょっとしたジョークやモチーフになっているものの元ネタがわからず楽しさ半減・・ということがよくあります。
    「皇女ソフィア」ご覧になりましたかw
    後ろの子はただの怯えてる侍女らしいんですが、アンタが一番怖いわ!とw

    返信削除