甘いお菓子は食べません


欲望に蓋をして生きていくつもりだった。けれど――。第10回R-18文学賞大賞受賞作。アルコール依存から脱することのみを目的に生きる女。「きみとは もうセックスしたくない」と夫から宣言された女。母になるか否かを考え続ける女。もっと愛したい、もっともっと愛されたい、なのに――40代を漂う彼女た ちが見つけた、すべて剥がれ落ちた果ての欲望の正体とは。女の危うさと哀しみを迫力の筆致であぶり出した、連作短編集。 


田中兆子 『甘いお菓子は食べません』読了。
第2回FRaU文芸大賞新人賞受賞作。
チェックしてたもののずっと積んでて1年経ってしまった _(:3」∠)_
FRaU文芸大賞は第1回の特集がすごくよかったので毎年買うつもりだったけど
今年はやらないのかな・・・・?(8月号にも9月号予告にも載ってない)

で、これもうね、うん、すっごいグサグサ来る。わたしまだ三十路だけど
ああ、四十代になったらこういう甘くない未来が待ってるのね・・・!みたいな
恐怖に恐れおののきつつ、でもボコボコにされながらもとても面白く読んだ。

言語センスがすばらしいと思う。
中年の性、というある意味とてもエグイというか生々しいものを書いているのに
品があるしユーモアがあるしカラっとしてていやらしさを感じないし、
共感できない感情もするすると飲み下せてしまう。すごい才能。

結婚する/しない、子供を産む/産まない、年々加速していく老いとか将来への不安とか、
女性のしょっぱい現実をリアルに浮き彫りにしつつも、なんかあっけらかんとした
明るさとか救いがあるのですごくじわじわと沁みました。
あーそう、これ。こういう感触を得るために本って読むものだよなーって。


彩瀬まるさんをはじめて読んだときのような「ああっいい人(作家)見つけた!」
という、宝物を掘り当てたような感触があります。もっと読まれるべき。






第1回のメモ http://chun-mian.blogspot.jp/2015/06/6-1.html

ワークショップ第2回目、7/5日分のおさらいメモ。


【前回からの宿題】

(1) 第1回目のワークショップで自分が書いた200字くらいのお話を
読み直してみて、「こうしとけばよかったよ」「今ならこうするよ」というところを
見つけて、少しでも書き直してくる。

(2) 修正した200時のお話の「続編」を書く。字数は同じ200字くらい。
 タイトルはやっぱり「本屋」


第1回目のメモで書いた通り、自分の力量も考えずアイディアを盛り込み過ぎて
支離滅裂な200字作品になってしまっていたので、全面的に修正が必要だったんだけど
行頭ギミックを生かそうとすると、それに当てはまるワードを考えることが
メインになってしまって、「お話を作る」という主旨から外れてしまうというか
書いていても全く楽しくなかったので、これはダメだなーと思って
すべて会話という形式だけ踏襲して全面的に書き直すことに。

続編も合わせて大体3時間くらいかかったかな。
締め切り前日の金曜日に提出済。


【新たな試練、朗読】

この日は、会場につくとテーブルが3つの島に分かれていて、好きなとこに座る形式。
正面になんかポツーンと一つだけスツールとマイクが置いてあったので
この時からなんかヤな予感はしていたw

14時開始。

福永さん「仲村さんがみなさんに言いたいことがあるそうです」
仲村さん「いえ、あの・・・・」

プリンターの周りでせっせと作業してらした仲村さんを見て察するひとたち。

※宿題は早めに提出しましょう!※  

 (わたしは金曜に!出したもん!※威張るほど早くない)

仲村さんのレイアウト作業が済み、出来立てほやほやの冊子(全員分の宿題)
が島ごとに配布される。

福永さん「今日はね、これを、自分の書いた作品を朗読してもらいます」

ただ、朗読をする前提で書いたものではないから、朗読向きに直したい部分が
あれば直してよし、ということで少し時間がもらえました。
で、一人ずつ、宿題で提出した修正版か続編のほうか好きに選んで朗読。

どうしてここはこうしたの?とかこの部分はこうしようとは思わなかったの?
とか質問を交えながら作品について福永さんの講評。
まぁみなさんエッセイっぽかったり完全に「物語」だったり色々だったんだけど、
各々の作品について共通した指摘は

200字という文字数はかなり短いのでオチがあっという間。
無理に起承転結を作ろうとすると無理が出る。
あまりスケールの大きなことを200字程度のサイズに押し込むと不格好。
どこか歪なものになる。字数に合ったテーマというものがあるはず。

・・・という感じでした。


【今後の作業の話】

月イチのワークショップ、8月は休みだけど、夏休みには登校日がつきものなので、
番外編的なやつをやります!(自由参加)

あとは夏休みの宿題。
これを自分は(完成する本に)載っけたいんじゃ、という作品を書いてくる。
9/1に提出。
ただし、それが本当に載るかどうかは別の話!
小説・エッセイ・短歌・漫画でもよし、字数制限なし。フリースタイル!


この日、たまたま3つの島に別れて適当に座りましたが「これを運命だと思って」 この島ごとに編集チームを作る。計3つ。
そして、全部の作品を一冊にまとめるんじゃなくて、例えば3つの冊子が
帯や箱で1つにまとまってるとか、そんな感じの体裁にしたい。
それぞれテーマが「朝・昼・晩」 だったり。

・・・・・というのが福永さんのぼんやりした構想。(今のところ)
9/1までに作品を一つつくり、そこからが本番、本格的な編集作業ということですね。

さあ大変だ。とにかく、書かなければ。二か月なんてあっという間だし。
がんばります(*⁰▿⁰*)

 





きみのために棘を生やすの


あのひとがほしい――。彩瀬まる、窪美澄、千早茜、花房観音、宮木あや子が、「略奪愛」をテーマに紡いだ書き下ろし恋愛官能小説集。 


アンソロとしてのテーマにはそんなに惹かれなかったんだけど、
一生ついていくと決めている彩瀬さんが書いてたので。

彩瀬さんの「かわいいごっこ」、すばらしくよかったです。
優しいけれど将来性のない、優柔不断なパートナーと同棲する女性が、
押し付けられた文鳥を通して自分の「愛情」に対する価値観に揺れる話。

もうねー、このひとの書くもの、活字ぜんぶ丸のみしたいくらい好き。
言語センスもそうだし、うら寂しい中にぽっと灯る希望の余韻が。
読後感がすごくいいんだよね。
ところでわたし、倉科さんみたいな男の人嫌いじゃないです・・・よ(*ꆤ.̫ꆤ*)


あと宮木あや子さんの「蛇瓜とルチル」も面白かった。
役者の卵の若い美少年にしか食指の動かない女の人の話なのかなと思って
読んでたら、そっかこれ「略奪愛」かー、と。

結局、【ネタバレ】主人公が友衛に対して抱いてたのは恋じゃなかったんかね。
共依存というほどがんじがらめじゃないけども、友衛が自力で脱皮しなかったら
そうなっていたんだろうかって思うとそれも読んでみたかったなって 【ネタバレ終り】

TV番組の衣装さんという職業のディティールもすごく面白かった。
『校閲ガール』とか『憧憬☆カトマンズ』(このタイトルすごいなw)は
バリバリお仕事小説みたいなんでこれも読んでみたい。


校閲ガール
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星か獣になる季節 (単行本)


ぼくのアイドルは殺人犯!? 推しの地下アイドル・愛野真美が逮捕されたというネットの噂から平凡な高校生・山城の日常はデスペレートに加速しはじめる――。


最果タヒ 『星か獣になる季節』読了。

この読みづらい文体は意図的な演出なのか、それとも、単にわたしが
ニューエイジが操る新世代の文体についていけなくなったのか微妙なところ。
西尾維新の文体すら苦手とするわたしにはちと辛かった。

ストーリー的には特に目新しさはないんだけども、
(強いて言えばあそこまでブっとんだ思考の森下という人間について
読み手が納得するような理由が何も語られないのがすごい)

この人が書く物語においては殺人というのは大した意味はなく、
17歳の高校生という時期がいかに救いがない狂乱の季節であるか、
というただそれだけを強調するのに殺人が起こってるようなところがあるので
タイトルがすべてというか、タイトルの付け方が見事だなあと。

この人の「平凡」というものに対する異常な怖れは一体なんなんだろうな。
今の若い人にしてはめずらしいほどのガツガツした印象というか。

アイデンティティがぎらぎらしてるのに妙に冷めてるというかダウナーな文章は
読みにくいんだけど妙に癖になるような感じがあるので、詩のほうも読んでみようか。






http://www.cottage-keibunsha.com/events/3182/

ワークショップ第1回目、参加してきました。
 復習がてらの自分用メモ。


【ワークショップのテーマ・目的など。福永さんのお話】

・まず、本のこと。誰に読まれることがなくても本は本である。物体として残るものであるということ。

・ワークショップのテーマのひとつとして、コストかけない、出来るだけお金はかけないということ。本を作っていると、参考になるもの(本)が欲しくなるからそっちにお金を取られる、自分で作る本は出来るだけコストを抑える。

・本のいいところは、人柄とは関係なく、出来た本そのものの魅力。
作った本人には興味がない人でも、作った本には興味を感じることがある。
作った本人を超えることがある。

・作った本を全部売る!500部完売する!!

・デザイン・たたずまいは大事だけれど、長く手許に置いてもらえるかは中身にかかっている。デザインは仲村さんがいるから大丈夫!

・ワークショップは年内に計6回行う。ざっくりしたスケジュール。1月にゲラチェック?2月印刷、3月納品


【そして唐突に始まる試練】

福永さん「じゃあ、書いてみましょうか、テーマは『本屋』で200字。
 制限時間は内緒です。

!!!!(꒪⌓꒪)!?!?

 それまでののんびりとした雰囲気から一転、参加者に緊張が走る。

・電子的なデバイスで書く。
・お話を描く。タイトルは「本屋」
・本名で書いてみる。
・200字

事前の注意事項として「ノートPC持参がのぞましいが、なくてもなんとかなります」ということだったんで、ノートを所持してない私はルーズリーフと筆記用具で行ったんだけど、これ、かなりキツかった。書いたり消したりしていると、字数把握が出来ないし、iPhoneの入力は苦手だしで。
次からは外付けキーボード持っていきます( θωθ)

そして、書いている間にもどんどんと話は進み、いつ「はいそこまで」って言われるかわかんないし、かなりの緊張状態で書いたものは、自分でもひどい出来。
本当はここに晒すべきなんだろうけど、 それも憚られるひどさ。

以下、反省点。
・まず、テーマが「本屋」ということで、おそらくみんな本屋を舞台にした小説とか、思い出にまつわるエッセイなどを書くと思った。
テーマに沿ったアンソロジーを読んでいると、だいたい1つか2つ毛色の違ったものとか「なんだこれ」というものが入っていることが多いので、全体構成としてそういうのが一つあってもいいんじゃないかと。

・で、じゃあ一見して本屋がテーマとはわからないけど何か仕掛けがあってそれに気づくとわかる、みたいなのはどうだろうと思い、行頭を読むと「本屋のものがたり」になるよう、書き出しの頭を決めた。

・ただ、メールでそれを仲村さんに送ってその場でレイアウトをしてもらうということだったんで、行頭がそろえられるのかどうかわからず、じゃあ鍵括弧で会話形式にしようかな、と思った。

・思いついたはいいけど、それを短時間でまとめるアイディアが浮かばず、結局支離滅裂なものに。身の丈に見合わないことをしてはいけないということを身に沁みて感じたよね・・・。

結局「ハイここまで」というふうに時間は切られず、どうもおおよその提出が終わるまで待っていただいたような気が・・・。


【仲村さんのぶっつけレイアウトライブ】

参加者が書いたものを仲村さん宛に送信し、それを仲村さんがぶっつけでレイアウトを組み、編集ソフトで編集していく。魔法を見てるみたいでした。すげえ・・・・(꒪⌓꒪)



【参加者持参の「好きな本」紹介コーナー】

事前のメールで「好きな本を一冊持ってきてください」とのことだったので、私は酉島伝法さんの『皆勤の徒』を。7/21に文庫になるよ!(*ꆤ.̫ꆤ*)

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ワークショップ開始前に、カウンターにそれを置いて、自由に見られるようになっていたんだけど、その中から恵文社店長の堀部さん、福永さん、仲村さんが気になった本を挙げて、それを持ってきた方が「どこが好きか」をプレゼン。

私が印象に残ったのはこれ。絵本で、すぐ読めるので見せていただいたんだけど、めちゃくちゃばかばかしくて楽しい本でした。
怪我のお見舞いにお友達が持ってきてくださったそうなんだけど、素敵なお友達だなーと思いました。


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【仲村さんレイアウト終了、全員分のプリントアウト&自己紹介】

「本屋」テーマの200字、提出した分がレイアウトされて配布される。
小説、エッセイ、なんでもあり。みなさんそれぞれまとまってて面白いんだけど、私の分だけ支離滅裂でした。恥ずかしい・・・

学生さんから社会人まで、出版社で編集されてる方やいろんなお仕事をされてる方がいて、みんなそれぞれの動機で参加していて、もうそのエピソードの集合だけで相当面白かったです。

次回までの宿題として、自分の文章に添削をすること。
添削もなにも、そもそも文になってないしどうしようかなあ・・・・。

とにかく、私だけ未完成のものを提出したに等しかったので、ちょっとこれではいかんと危機感を感じました。
Twitterでよくあるお題でワンライ的なあれを毎日やって、書く訓練をしようかと。








 京都薪能 in 平安神宮行ってきましたレポ。


小狐丸の元ネタ「小鍛冶」を現代語訳した時「生の舞台を見たいけど機会が~」
とか言ってたら、あのあとすぐ「今年小鍛冶やるで!」って教えてもらったので!
歌舞伎とか文楽は何度か行った事があるんだけど、能の舞台を見るのは初めて。

6/1、6/2と2日間開催される京都薪能、初日と2日目では演目がすべて違う。
「小鍛冶」は2日目だったので、6/2(火)に参加です( ’ω’)


平安神宮に着いたのが16:40くらい。
開場17時予定だったんだけど、すでに開場待ちのお客さんがたくさん並んでいて、
17時を待たずに開場始まりました。
この日の京都の日の入は19:06。まだまだ空は明るい。



舞台正面の前列のほうはほぼ埋まってたんだけど前から20列目?くらいに
ポコっと一つだけ空いている席があったので確保!
昔はゴザ敷きだったそうだけど、最近はパイプ椅子みたいですね。
ぎちぎちに並んでいるので、ちょっと動くと隣の人と肘とか当たっちゃいます。
体の大きな人には辛いかも。


17:30、最初の演目「龍田」開始。
(上演中は写真・録音一切禁止なので写真は無いです)

【観世流半能「龍田」】


あらすじ http://www.tessen.org/dictionary/explain/tatuta
(銕仙会HP 「能楽事典」)

うん、あのね、ごめんなさい。すでに眠くなったよ・・・・ ( ˘ω˘)
何言っているかなんてわかるわけないし、地謠のリズムがものすごく
心地よくてだな・・・・。

やっぱり見どころは「作り物」と呼ばれる装置(なんて表現したらいいのか
わかんないんだけど、めっちゃ簡易なカバーつきハンガーラックみたいな・・・)
から龍田姫が出てくるとこですかね。

真紅の衣装は鮮やかで綺麗なんだけど「はーこれが能・・・・」とかぼんやり見てるだけで
いまいちこれといって感想が浮かばない。
地謠でも楽器でもない人が2人いて「この人たちは一体何の役を?」と思ったら
舞の合間に蔓(かずら)を直したり? しているのを見て、
「ああこれがパンフレットに載ってる“後見”って人か」と納得したりとか。

最初の演目からこの眠気で大丈夫か、とちょっと不安に・・・( θωθ)


18:05~火入れ式と理事長さんの挨拶。
堅苦しくて退屈そうだなあ、と思っていたら、理事長さんが大変お茶目な方で、
時々笑いを取りながら「難しいものと思われがちですが、気楽に見ていただいて
幽玄の世界を楽しんでいただけたら」というようなお話をされてました。


18:20~18:50
【観世流能 「経正」 替之型】

あらすじ  http://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_042.html
 ( the 能.com )

これよかった!龍田での眠気を吹き飛ばしてくれた。
いわゆる「修羅物」と呼ばれるやつで、修羅道に落ちて苦しむ最後の部分は
足を踏み鳴らしたりして(これがまた小気味いいほど響く)ダイナミック。

だんだんと陽も落ちて、少し風も出ていたので髪がふわっと風に煽られたりして
野外ならではの雰囲気が出てました。
緑と白の上衣に山吹色の袴もかっちょよかったです。
シテ(経正)は杉浦豊彦さんという方でしたが、ものすごくよく通る素晴らしい声ですね。


おなかが減ったので、経正が終わって次の演目が始まる間に、
コンビニで買っておいたおにぎりをもぐっと詰め込み(*ꆤ.̫ꆤ*)
さすがに上演中に食べる人は近くにはいませんでしたが、始まる前とか合間に
結構みなさんお弁当とかパンとか食べてたよ。


18:55~
【金剛流能 「羽衣」 盤渉】

あらすじ http://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_011.html
 (the 能.com )

天人めっちゃ声太い・・・(´っω・`)
いやまあみんな男性なんで当たり前なんだけど、素人なんでこういうとこすごい
気になっちゃって・・・・。

羽衣っていうとなんというか結婚式でよく見るふわーっとしたシフォンのアレ
を思い浮かべるので、折りたたんだ帯みたいな羽衣を受け渡しするのを見て
「めっちゃ重そうやな・・・」と思ってみてたら、

あ、それほんとに着て舞うのね( ’ω’)

漁夫が羽衣を返すと、本当にそれを着てクライマックスの舞踊るのね。
単なる小道具じゃなかったわ。
衣装もさることながら、簪がゆらゆら揺れて綺麗でした。でもちょっと眠かった。

終わるころには完全に陽が落ちて、ライトアップされた大極殿がバックに
ぼんわり浮かびあがって、雰囲気バッチリだよ~!(*⁰▿⁰*)


19:35~
【大蔵流狂言 「夷毘沙門」】

あらすじ: 娘の聟(むこ)を探す有徳の者が、鞍馬の毘沙門天と西宮の夷三郎に祈願し高札を立てると、両神とも自分が聟になろうと有徳の者の家に出かけて鉢合わせする。互いに相手をののしり自分を宣伝して口げんかとなるが、主人の願いに応じて宝を与え、両神とも福の神としてこの家に納まる。

(岩波書店刊 『日本古典文学大辞典』より)

これめちゃくちゃ面白かった!狂言なんでだいたい何言ってるかわかるし、
特に夷さまがめちゃくちゃコミカルで、何度か笑いが起きてた。
「くらまのびしゃではないか~!」

小道具も、なんかでかい鯛持ってたりして(釣りシーンでキャッチし損ねてましたがw)

オチがいまいちわからなかったんだけど、結局どっちも聟にはならずに
福の神として納まったということなのね。
宝物までちゃっかりせしめて、おい親父うまくやったな という感じ( ’ω’)


ラスト!!これが見たくて来たのよ!!!こぎつねまるー!!
20時~
【観世流能 「小鍛冶」】

管理人による 謡曲「小鍛冶」ゆるゆる現代語訳はこちら

前シテ・童子(稲荷明神の化身)が日本における刀剣の神性を語るところ、
異民族に火攻めにされたヤマトタケルノミコトが草薙の剣でバッサバッサと
草を薙ぎ払うところでですね、ちょうど風が強くなって、髪だの袖だの火の粉だのが
風に舞って、見てて╰('ω' )╯Ξ╰( 'ω')╯うおおお!!ってなりました。

もちろん演出ではなく偶然なんだけど、平安神宮だぜ?
場所が場所だし、神の1人や2人見物に来ててちょっとイタズラしてもおかしないやん?
くらいのタイミングの良さであった。

そしていよいよ、クライマックスの鍛冶シーン!
稲荷明神、全身真っ赤!!めっちゃパンキッシュ!かっこいい!!

と興奮しながら見てたらですね、

「・・・ん?頭になにか・・・・・え!?

  (;꒪ꈊ꒪;)狐乗ってる―――!!!


稲荷明神、真っ赤な髪の上に銀?白?の狐の形のプレートのようなものががが。
たぶん文字にしても意味がわからないと思いますので!!



※画像は朝陽会館(http://choyokaikan.com/nohgaku_gallery/kokaji/)のサイトより


ほらぁ( ’ω’) 
いやーびっくりしましたね、まさかああいう衣装があるとは思ってなかったんで。
実際の舞台だと、写真の衣装よりもっと全体的に赤かったです。ド派手だった。

現代語訳したこともあって、台詞も聞き取れたしやっぱり流れを把握していると
面白く見れますね。他の演目ももっと予習していけばよかったかな。

初めての薪能、とてもエキサイティングで楽しかったです。また行きたい。


持って行ったほうが楽しめる&快適に観劇できると思うもの
・虫除けスプレー
・上着 (蒸し暑かったり冷えたりするので調節できる格好のほうが)
・オペラグラス (衣装や面など細かいところ見たかった)
・おにぎりとか菓子パンとか(17時開場~20時半終了なので昼食以降何も食べない状態だとかなりつらいと思わます。












悟浄出立


俺はもう、誰かの脇役ではない。深化したマキメワールド、開幕! 砂漠の中、悟浄は隊列の一番後ろを歩いていた。どうして俺はいつも、他の奴らの活躍を横目で見ているだけなんだ? でもある出来事をきっかけに、彼の心がほんの少し動き始める――。西遊記の沙悟浄、三国志の趙雲、司馬遷に見向きもされないその娘。中国の古典に現れる脇 役たちに焦点を当て、人生の見方まで変えてしまう連作集。


万城目学 『悟浄出立』読了。
発売予告でタイトル見た時、中島敦の『悟浄出世』のパロかな?
と思ってたんだけどぜんぜんちがいましたごめんなさい( ’ω’)
(タイトルはたぶんオマージュだと思う)


悟浄出世
悟浄出世
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(2012-10-01)


特に「趙雲西航」「父司馬遷」がとても良かったなあ。
オタクの嗜みとして三国志は吉川版・宮城谷版・北方版・横光版・蒼天航路と
一通り読みましたが、成都攻略のタイミングで趙雲の心理を描いたものは
ひとつもなかった気がする。

趙雲って、劉備の長年の放浪生活に最初期から付き合っているにも関わらず、
やっぱり桃園トリオや水魚に比べると絆薄いという印象は否めなくて
義兄弟ズや諸葛亮に対して嫉妬心やコンプレックス抱くみたいな心理描写は
わりと見るんだけれども、万城目版ではそこからさらに一歩踏み込んだ
趙子竜という武将を描いてて新鮮だった。
三国志クラスタはこの一篇だけでもぜひ読んでー!(*⁰▿⁰*)

「父司馬遷」はなんというか、圧巻でした。
李陵の禍によって宮刑に処されたエピソードは有名だし、
「史書を完成させるという大願のため耐えた」と解釈されるけれども、
それは“史書という偉業を成し遂げた司馬遷”という後世の評価がある状態での
解釈であって、実際、かの司馬遷が一人の人間としてあの時何を思っていたのか、
ということを全く考えたことがなかったなあ。

とても満足度の高い短編集でした。
装丁もイイネ!今までの万城目作品の中で一番好きですこのデザイン。








徳川ミュージアムの企画展「家康公と御三家展」で展示されていた
『武庫刀纂』の燭台切光忠について記載された頁をまるまる書き写してきたので
原文とキャプションまとめ。

(トークイベントのレポはこちらの記事です。)


このような感じでガラスケースの中に展示されてました。




徳川ミュージアムによる『武庫刀纂』のキャプション

武庫刀纂   全8冊のうち6巻

水戸藩8代藩主・斉脩が、水戸徳川家伝来の刀剣について後世に伝えるため編纂し文政6年(1823)に絵師に描かせた書。
展示中の頁は伊達政宗が家臣を斬った勢いで燭台も切れたことが名の由来である「燭台切光忠」の押型。
次の頁には寸法や名の由来などが書かれている。


本文   


傳云仙台侯政宗近侍之臣有罪隠于褐銅燈架

之陰政宗乃斬之燈架倶落故名之曰燭台斫燭

台之燈架之俗称也

義公嘗臨于政宗第政宗持此刀語其由終乃置

之坐右  公将帰請是刀政宗愛之不與

公乃強持之去云



徳川ミュージアムによる訳文


伝承によれば仙台藩主の伊達政宗の近臣の一人が罪を犯し燭台の陰に隠れていたところ、政宗がこれを燭台もろとも斬り倒した。そこからこの刀を「燭台切」と呼ぶようになった。

光圀が幼年の頃政宗の邸宅にて政宗から刀を身近に置きながら「燭台切」の由来を語り聞かされた。光圀はこの刀を欲し、政宗はお気に入りの品だから」と一度は断るも、最後は刀をいただいて帰ったという。


蛇足:ゆるっと訓読 (管理人による)

傳に言わく、仙台候政宗近侍の臣に罪有りて、褐銅の燈架の陰に隠る。政宗すなわち之を斬り、燈架倶(とも)に落ちる。
故に之を名づけて燭台斫と曰ふ。燭台これ燈架の俗称なり。
義公嘗(かつ)て政宗第(まさむねだい、まさむねてい)に臨(のぞ)む。政宗この刀を持ちて其の由(よし)を語り、終に(ついに、もしくは おわりて?)これを坐右に置く。公まさに帰らんとするにこの刀を請う。政宗これを愛し、與(あたえ)ず。公すなわち強いて之を持ち去ると云う。



蛇足の蛇足:燭台切光忠語訳 (CV:佐藤拓也でお読みください)

これは水戸徳川家に伝わってる話だよ。
政宗公のある家臣が罪を犯してね、銅製の灯架の陰に隠れてたんだ。

政宗公が手打ちになさったんだけど、その時一緒に灯架も斬れて落ちちゃったんだよ。
それで僕は燭台切って名前になったんだ。あ、燭台っていうのは灯架のことだよ。

ある時、水戸の光圀公が政宗公の屋敷に遊びに来たことがあるんだけど、その時政宗公が僕をそばに置いて名前の由来をお話になったんだ。そしたらね、光圀公が帰る時になって、僕を欲しいっていうんだよ。困っちゃうよね。

政宗公は僕を気に入って下さってたからね、あげられないよって一度はお断りしたんだけど、光圀公ってば、けっこう強引に僕を持ち帰っちゃったんだ。
うーん、やっぱり格好つかないな。


ちょっと思ったんだけど、燭台って細いだろ?
隠れるとこなんてなくないか??? 家臣のそういうどんくさいとこも含めて
イラっとして斬っちゃったのかな、という気もする。
物好きの政宗公のことだから、なんかすごくデコラティブでアヴァンギャルドな
デザインの燭台だったという可能性もあり得なくもないけど。

「公乃強持之去云」とはずいぶんな言い方ですね。ぶんどった、くらいの勢いだよ。
そもそもが伝聞スタイルなので信憑性はともかく、いろいろ想像が膨らんで楽しい。







せっかく京都から出てきたのだし、と午後は特急で水戸から上野に出て
東京国立博物館に展示中の三日月宗近と他の刀剣も鑑賞してきました。

トーハク、初めて行きましたが、めちゃくちゃ広いですね!!!
海外からの観光客もたくさんいて、混んではいるんだけど広々とした開放感があって、
いたるところにソファが置いてあるし、休憩挟みつつゆったり見れてとてもいいですね、あそこは。と思ったら、

・・・・おいおい、刀剣ブースだけ異様な混み具合だぜ????

三日月様の前がすごい人だかり!!さすが!さすが天下五剣!!!





写真だと反射で見えないですが、三日月の打ちのけ、はっきりわかったよ!
ぶっちゃけて言うと、個人的にはこの後で見た短刀の越中則重のような
ダイナミックな乱れ刃のほうが、わかりやすくカッコイイなと思ったのですが、
三日月宗近、きれいでした。
うーん、もうちょっと、ちゃんと鑑賞できる目を養いたいのう( ’ω’)






こちらが、トーハクに展示中の長船光忠。
午前中にあの焼刀を見たばかりだったので、燭台切光忠も被災する前は
きっとこんな美しい刀身をしていたんだろうな・・・と思ってまた胸が苦しくなった。

距離感も違うしひょっとしたらわたしの気のせいかもしれませんが、こちらの光忠より
燭台切光忠のほうがかなり細身のような気がしたなあ・・・。





見た瞬間「おおっ!?」と思って惹かれたのがこちらの短刀、越中則重。
則重の銘も鮮やかで、乱れ刃がダイナミックで見ていて惚れ惚れした。
なんというか、帯びているだけであらゆる災厄から守ってくれそうな力強さ。





こちらは国宝・相州貞宗。





 関兼定。
キャプションを読む限り、いわゆる「之定」と呼ばれた二代目兼定(和泉守兼定)
の初期の作品、ということでいいんだろうか。
ハバキがなんかデコラティブでかっこよかったです。



堀川国広。



津田助広。
これも見た瞬間「おお」と思った。
「濤瀾刃」というらしいです。どうもわたしはこういう派手な刃文が好きみたい。


正直、午前中の燭台切ショックでまだ魂が半分抜けたような状態で見ていたので、
ちょっともったいないことをしたなあ、と今となっては思います。

来年は福岡で「へし切長谷部」も公開されるそうだし、もっといろいろ見て勉強して、
違いがわかるように!なりたい!!
とりあえず次は「大関ヶ原展」かなー!!







5月17日に徳川ミュージアムで開催された、
国際博物館の日記念 ミュージアムトーク
『武庫刀纂』に描かれた水戸徳川家の名刀」レポです。

わたしが参加したのは9:30~10:30の、朝一番の回。
追加募集のあった回を含め、一日で計3回の開催だったようですが
Twitterの他の参加者さんの呟きを見ていると、学芸員の方のコメントなども
回によってちょっとずつ違うみたいですね。
メモと記憶に基づいてなるべく正確に書き起こしたつもりですが
聞き違い・勘違い等あるかもしれません。ご了承ください。

徳川ミュージアム:http://tokugawa.gr.jp/index.html
徳川ミュージアムのブログ:http://ameblo.jp/tokugawamuseum/



【学芸員・渡邉さんの御挨拶・注意事項等】


会場は40~50人ほどが入ると満員の、会議室?のような感じの部屋。
前方に壇があり、壇上には白い布に覆われた机。さらにその上から葵の紋が入った緑の布がかけてある。左手の端にはプロジェクター。
徳川ミュージアムの学芸員・渡邉さんより、開始前の挨拶と注意事項等の説明。


・トークイベント中の撮影・録音は禁止、ただしトーク後に撮影時間を設ける。
(参加者からどよめきが)
・今回の現物展示、写真撮影およびSNS公開について水戸徳川家の現ご当主から許可を得ている。(参加者より拍手)
・国際博物館の日とは何か。今回のトークイベントおよび限定公開について。
・今年は家康公の死後400年に当たり、ちょうど本日、日光東照宮で家康公を祀る式年大祭が行われている。
・「燭台切光忠」を公開していなかったのは所蔵品の状態が悪いから、というわけではないことを最初にお断りしておく。
・急遽展示を決定したのは、記念すべき日に、所蔵品に対して大変興味を持っていただいている方々に一番に見ていただきたかったから。


ここで学芸員渡邉さんから、研究員の堀さんに交代。
プロジェクターで資料や画像を映しながら説明してくださいました。


【水戸徳川家について】

・「水戸黄門」のモデルである、二代目当主・水戸光圀公が特に有名。
・家康公の九男・十男・十一男がそれぞれ当主となったいわゆる徳川御三家のうち、
十一男・頼房を初代当主とするのが水戸徳川家である。



【『武庫刀纂』の成立について】

・『武庫刀纂』は水戸徳川家所蔵の刀剣類を記した目録であり、目録1巻、本編15巻、附録8巻からなる。
 ・文政6年(1823年)に水戸徳川家の8代目当主・斉脩(なりのぶ)が書工8名に命じて水戸徳川家所蔵の刀剣408本について精巧な模写・作成を命じた。
・刀剣の生産地別に分類されており、刀剣の押型(模写)、部分ごとの長さや由来、買値(購入したものの場合)などが記されている。



【なぜ斉脩は『武庫刀纂』の作成を命じたのか?】

・ 8代目当主・徳川斉脩は弱冠二十歳で当主となった。歴史的知名度はあまりないが、文化事業に大変力を入れた人物である。
・『武庫刀纂』の序文の冒頭に「刀剣というのは国家・日本を守るために必要な、重要な道具である」とあり、また髭切・天叢雲剣・草薙の剣など『古事記』『日本書紀』からのエピソードを多数引用し、日本における刀剣の神性を強調している。
・当時(鎖国中)の時代背景として、異国船が海岸沖で頻繁に目撃されるようになり、幕府や諸大名が非常に危機感を持っていたという点が挙げられる。
・外国に侵略されるのではないか、という危機感により、軍備や国学(日本の伝統文化が侵略によって変容することを恐れた)に力を入れるようになった。
・以上のような時代背景が『武庫刀纂』の編纂につながったと思われる。




【児手柏(このてがしわ)について】

 ・細川幽斎がいつも戦場で持っていたとされている。その後家康に譲り、
家康は関ヶ原でこの児手柏を使用したといわれている。



【燭台切光忠について。『武庫刀纂』の記載】

 伝承によれば、仙台藩主・伊達政宗の近臣の一人が罪を犯し、燭台の陰に隠れていたところ、政宗がこれを燭台もろとも斬り倒した。そこからこの刀を「燭台切」と呼ぶようになった。
 その後、光圀が政宗の邸宅にて政宗から刀を身近に置きながら「燭台切」の由来を語り聞かされた。光圀はこの刀を欲しがり、政宗は「お気に入りの品だから」と一度は断るも、(最終的に)譲ってもらえた。

※『武庫刀纂』の燭台切光忠の記載についてはこちらにまとめました。



【燭台切光忠の持ち主の変遷】
 
・織田信長→豊臣秀吉→伊達政宗→光圀という説があるが、信長→秀吉のルートに関しては、調べられる限り、確かな資料は存在しない。
・秀吉→政宗のルートについては伊達家側の資料もあるが、この「燭台切光忠」を指すのかは微妙なところ
(※この件に関しては、後で個人的に堀さんに質問しました。後述)



【政宗から譲り受けたのは光圀か?頼房か?】

・「政宗から燭台切光忠を譲り受けたのは光圀ではなく、父の頼房のほうでは?」という問い合わせは多数受けている。
・あくまで個人の見解ですが、と前置きがあり、水戸徳川家と仙台伊達家の交流の歴史からの検証。
・プロジェクターに、水戸徳川家と仙台伊達家が交流した記録一覧が表示される。(字が小さくて、ちょっと詳細が確認できず)
・歴史資料から確認できる徳川家と伊達家の交流の記録では、政宗が相手をしたのはすべて頼房である。
・例えば、元和6年(1620)に政宗と頼房が一緒に食事をした記録があるが、この時政宗は55歳、頼房は19歳である。ちなみに政宗と光圀の年齢差は63歳。
・ この年齢差を考えると、幼い男児が政宗と単独で会うとは考えづらいので、刀を譲り受けた相手としてはおそらく頼房のほうが相応しいのではないかと考えられる。
・頼房と政宗は手紙のやりとりや互いの家を行き来していたりして、大変仲が良かった。頼房から政宗に刀をあげたという記録もある。
・江戸時代の末には、光圀のほうが有名になったので、いつの間にかエピソードが頼房から光圀へすり替わったのではないか?



【関東大震災の被災について】

・明治期に、水戸徳川家は隅田川の通称・小梅御殿を本邸とした。武器庫(蔵)があり、燭台切光忠もそこに収められていた。
・大正12年に発生した関東大震災における火災により、小梅御殿は燃えたが武器庫(蔵)は無事だった。しかし、宝物が心配で慌てて開けてしまったのか、開けた時のバックドラフト現象によって所蔵品が蒸し焼きになってしまった。
(※この蒸し焼きという表現については少々語弊がある模様※ 
・ 蔵自体は無事であり、所蔵品は置かれている場所が決まっているので、その刀が「燭台切光忠」であることは特定出来る。



【水戸徳川家が守り続けてきた刀】

・焼刀となってしまい、美術品としての価値は失われてしまったが、『武庫刀纂』の序文にあるように刀剣とは日本を守るもの、という水戸徳川家の教えの通り、焼刀もずっと保存し続けてきた。
・戦時中の鉄供出命令も拒否。

(※実際、企画展「家康公と御三家展」でも関東大震災で被災した他の焼刀が展示されていました。光圀が家臣・藤井紋太夫を手打ちにしたとされる銘国光の脇差でした)



堀さんのお話はここまで。ふたたび渡邉さんに交代し、いよいよ児手柏と燭台切光忠のお披露目が・・・・!!



【児手柏・燭台切光忠の現物展示・撮影】

・学芸員・渡邉さんより、「ひとつの所蔵品に対して、これほど多くのご意見や問い合わせを受けたことは初めてで、大変驚き、また嬉しく思っている。展示に関してみなさんのご意見を頂戴したい」とのことで、挙手によるアンケート。
・「今後も燭台切光忠を展示したほうがよいと思う方」に参加者全員挙手。
・水戸徳川家の現ご当主から写真撮影、またTwitter等のSNSで写真を公開する許可をいただいている。いろんなご意見やお考えがあるのと思うので、SNS公開については皆さんの判断に委ねる、と渡邉さん。
・柄の辺りが金色なのは、ハバキ(刀身が鞘から抜け落ちるのを防ぐ・固定するためにつける金具)が溶けたものが付着しているため、と渡邉さんより説明あり。「そこがまたステキだなと思います」と微笑む渡邉さん。
・まさかと思っていましたが、葵の紋が入った緑の布の下に児手柏と燭台切光忠が鎮座していました・・・。

・前の列から一人ずつ壇上に上がって、児手柏・燭台切光忠を見せていただく。
・ケースもなく、至近距離から撮影が可能。
・参加者のみなさん刀を眺めた後、数枚写真を撮ったあとはすぐ次の方に譲り、 大変スムーズで静か。(ただし無言の興奮で熱気がすごい)
・「大変貴重なものを見せていただいてとても嬉しい」とミュージアムの方に直接お礼を言われる方多数。また堀さんに質問をしてらっしゃる方も。



【児手柏】

(iphoneなので画質はこれが限界です。クリックすると大きな写真になります)







 【燭台切光忠】



(下の写真はコントラストを少し強く加工してあります)









(以下、管理人の感想です)
わたしがトークイベントに申し込んだ時点ではまだ光忠の現物展示は告知がなく、その後ブログにて発表されたので、まさか実物をあんな至近距離で見せていただけるとは思わず、iphoneを構える手が震えました。

焼けて刃文などはわからなくなっているし、刀として、美術品としては価値がないのかもしれませんが、細身の黒い刀身は力強く、溶けたハバキの金色が映えてとても美しかったです。惚れ惚れする素敵な刀でした。本当に「燭台切光忠」そのもので、思わず涙ぐんでしまった・・・。

堀さんのお話を伺った後でしたので、戦中の供出命令を拒否した事の他にも、きっと保存し続けるためには大変な苦労があっただろうと思い、よく今まで何百年も保存し続けてくださったと、また、この貴重なものを公開し撮影も許可してくださって本当にありがたいと胸がいっぱいになりました。



【『劒槍秘録』についての質問】

ちょうど『劒槍秘録』について調べていたところで、資料のコピーも持参してきたので、写真を撮った後、堀さんに質問してもよろしいですかとお尋ねすると、快く受けてくださいました。

『劒槍秘録』や「政宗記」(成実記)に記載されている、秀吉から政宗に下賜された「光忠」について、この「光忠」が燭台切であることが読み取れる部分、もしくはその事実を補完する資料はありますか、とお尋ねしたところ、
「まだすべての資料を調べたわけではないのではっきりしたことは言えないが、この記述部分だけでは、確かにこの光忠が燭台切であるかどうかはわからない」とのこと。

「政宗記」の、下賜した翌日になって秀吉が政宗を盗人呼ばわりするエピソードに関しても、政宗の家臣である成実がなぜそんなことを書いたのか(不敬に当たらないのか?)という疑問があったので、このエピソード自体があまり信憑性がないのかもねえ、というお話しをしていました。

ただ、秀吉が刀を下賜することはよくあったし記録にも残っているので、秀吉→政宗へ刀を譲ったというのは不自然ではないし十分あり得るとのこと。



【トークイベントの印象・感想】


徳川ミュージアムの方が大変好印象でした。特に学芸員の渡邉さん、研究員の堀さんは「所蔵品について興味を持っていただけて大変嬉しい」「今回注目されたことで、改めて所蔵品について見直すきっかけになった」「きっと(燭台切光忠については)みなさんのほうがお詳しいと思いますが」と言うようなことを何度も口にされていて、わたしたち刀剣ファンの希望や熱意を尊重してくださっている印象が強かったです。

ゲームやアニメから興味を持つ人が増えてブームになると、マスコミに「歴女」だとかよくわからないカテゴライズをされたり面白半分に誇張された記事を書かれたりして、その作品やキャラクターを好きな気持ちを粗雑に扱われたような気がして悲しい思いをすることがあるのですが、今回、ミュージアムの方はゲームから入ったファンが多数いるということを認識した上で、わたしたちが燭台切光忠について知りたい、という気持ちに敬意を払ってくださっていると感じました。

参加者の方は若い女性が9割でしたが、みなさん熱心にメモを取られていて、写真を撮るときも出来るだけスムーズに進むよう譲り合っていましたし、「貴重なものを見せていただいてとても嬉しい」とミュージアムの方に直接お礼を言っている方もたくさんいて、終始とてもいい雰囲気のイベントでした。
京都からの参加なので少し遠かったですが、本当に、参加出来てよかったなあとしみじみしています。

徳川ミュージアムは東日本大震災でも被災しており、財団の活動や文化財の修復費への寄附を募っています。わたしも出来ることはしたいなと思って寄附申込書をいただいてきました。
 被災した刀の再刃についての検討や、所蔵する他の刀剣についても調査・研究が進められているそうなので、今後も燭台切光忠をはじめとする刀剣の展示の機会があるかもしれないと思うととても楽しみです。






仙台伊達家の蔵刀目録、『劒槍秘録』を閲覧できたので自分用メモ。

〔参照資料〕
日本美術刀剣保存協会宮崎県支部編 『劒槍秘録』 
 日本美術刀剣保存協会宮城県支部, 昭和55年10月発行


【『劒槍秘録』について】

・寛政元年(1789年)、当時御刀奉行であった佐藤東蔵によって編録された。
しかし、巻3-4に掲載されている内容と東蔵の没年が合わないため、巻3-4は東蔵の没後以後に編集されたものと考えられる。

・日本美術刀剣保存協会発行の活字本は、明治になって転写されたものであり、この転写本は時期は不明だが伊達家から日光東照宮事務官柴田晃陽氏の所有となった。原本は伊達家大井邸(品川区大井林町)に保管されていたが、明治45年の火災で焼失。

・巻1は伊達政宗から斎村(なりむら)まで、太閤秀吉や徳川家康から家重までの歴代将軍家、および禁裡から拝領したものを記し、その由緒伝来を伊達家の古記録から引用、さらに書簡類や東蔵自身が調査した内容なども書き添えてあるため、他の3巻より詳細。

・記載されているものは寛政元年時に収蔵されていたものではなく、一度伊達家に入ったもので、後に何らかの事情で出てしまったものなども含まれる。

・伊達家伝来として著名な「鶴丸国永」の太刀、景秀の「くろんぼ切」、義景の太刀などがどういうわけか記載されていない。特に景秀の太刀については、政宗以来寛政元年までは確実に伝わり、戦後まで伊達家を出ていないのに掲載されていないという不可解な点がある。





資料を手にして、とりあえず伊達組の記載から当たりましたが、
おっと、ここでも鶴丸が記載されていないのはどういうわけだ。驚きだぜ。
鶴丸に関しては、本当に信憑性のある一次資料が少なくて手を焼いている。



 【“光忠”についての記載部分】

『劒槍秘録』に記載されている“光忠”は巻1と巻3の二振り。
このうち、巻1に記されている「光忠御刀」が秀吉から賜ったものであると書かれている。


巻一

二    一    光忠御刀
   
   銘
   長

御記録云慶長元年 月日不知 木幡山御普請之節
太閤之御召舟を献らる仍之御拝領也 御腰物方無御伝光忠御太刀金拾五枚 忠山様御七夜御祝儀之節享保三年六月五日従 獅山様泉田木工御使者ニ而被進之蓋此御太刀なるへし



以前調べた政宗記の、木幡山の築城の際、政宗が献上した淀川に浮かべる舟を秀吉が気に入って、下賜した刀という記録と一致するので、これがそうなんでしょう。
が、やっぱりここでも“燭台切”の記述は見当たらず。
しかしなんでこれ長さ書いてないんだろう?
巻1の他の刀の記載に比べても、かなりアッサリした表記。

ちなみに巻3のほうの光忠も太刀。伝来の由来などは記載なし。
巻3は巻頭に「御代々御指之部」とあるので、いわゆる指料として使われたものだろう。
ところで「さしりょう」って「差料」表記が正しいと思ってたんだけど違うんだろうか。


【大倶利伽羅についての記載部分】


巻一

二七   一   大倶利伽羅広光御刀  
  磨上無銘     
  長弐尺弐寸三分

  安永七年十二月百枚迄之下見札直ル
  代金
  五拾枚突と下札

御記録云元和六年十月 日不知 江戸御城石壁御普請成就ニ付従 秀忠公御拝領也
御帳云従 台徳院様 義山様御拝領元和六年十月 日不知 但同年春江戸御城二之御丸追手口升形其外石壁御普請被 仰蒙御造畢之節也
御由緒同断
一 御鎺上下金無垢地鈩
一 御切羽金無工
一 御鐔赤銅分銅疎金覆輪
一 御縁赤銅 [魚肉] 子中樋      一 御柄鮫黒塗
一 御目貫御笄赤銅 [魚肉] 子桐鳳凰
    右御目貫御笄作光乗金六枚極有
一 御小柄赤銅 [魚肉] 子俱利伽羅龍裏金哺
    右御小柄作宗乗金三枚極有
一 御小刀平安城藤原金重       一 御鞘黒塗
一 御鵐目金   一 御柄白革     一 御下緒紅
一 御袋表浅黄純子銘縫有裏茶丸緒練繰
一 箱黒塗几帳面縁懸共金粉沃懸銘書金粉鐶甲銀
一 御三所物相入箱右同断


※[魚肉]は魚偏+肉

欄外に注釈があるけど省略。時間あるときに追加。
巻末に写真も載ってました。『図説 刀剣名物帳』(雄山閣)に載っている
押形も見ましたが、もう竜の彫り物がかっこいいのなんのってね!
頭の上に炎が舞ってるんですわ~。

秀忠から拝領したという記述は政宗記とも一致します。
貞ちゃんについても記載するつもりでしたが、この『劒槍秘録』、やたらに貞宗が多く、
ちょっと調べて整理してからにしたいので保留。







群像 2015年 02月号 [雑誌]


キリがないので文芸誌は買わない、というスタンスなんだけれども、
これはTLで見るなり買いに走った。
(あと舞城と酉島さんの掲載号は買ってしまう・・・。信者乙!!)

カラーです。全部カラーです。
目次ページをご覧?ステキだろう??


本文ページもすべてカラー印刷で、まさに絵巻!
ただ、オレンジや紫の濃色に白字は正直目に痛かったよ(ヽ´ω`)


まず町田康のロックテイスト「付喪神」のあまりのフリーダムさに、
「御伽草子ってなんだっけ(꒪⌓꒪) 」と、既成概念を粉々に打ち砕かれる。
付喪神からビームて。自由すぎるだろ!!!

石黒亜矢子さんのグロカワなイラストもゾクゾクしました。
賽銭箱で人間ミンチイイネ!ああああこういうの好きじゃー。
ぐぐってみたら、絵本もおもしろそう。今度探してみよう。

おおきなねことちいさなねこ (cub label)
石黒 亜矢子
長崎出版
売り上げランキング: 59,021


青山七恵の「鉢かづき」、藤野可織の「木幡狐」も女性ならニヤっとしちゃう
エスプリと毒が効いててよかったです。

鉢かづきは、子供の頃絵本で読んでめちゃくちゃ釈然としない記憶があって、
大人になってから原作(古典)を読んでも「この不幸って鉢のせいでは。ママン!?」
と突っ込みどころ満載で一層釈然としなかったんで、青山版を読んで胸がすっとした。
幸せって、運命ってなーーんだろーー♪( ’ω’)

一応国文科卒なので室町物語とか中世説話も勉強しましたが、
ハァこういう解釈がー、とひたすら目を白黒させながら読んでた。
御伽草子知らなくても、ハイクオリティな作品として楽しめます。

去年の岸本佐知子編「変愛小説集」といい、群像の企画号はいいなあ。
またいろいろフリーダムにやってほしい(( ’ω’ 三 ’ω’ ))





星を賣る店


「ないもの、あります」の看板を掲げ、麗しくも奇妙な品々を世に送り届けてきた、架空のお店にして本づくり工房=クラフト・エヴィング商會。アート、デザイン、文学が融合した商會初の棚卸し展覧会。 

2014年に世田谷文学館で開催された、
「クラフト・エヴィング商會のおかしな展覧会・星を賣る店」の公式図録。
展覧会すっごく行きたかったんだけど、東京は遠くてねえ(ノД`)

まぁせめて雰囲気だけでも味わいたい、と読んでみたら、
アゾットのパスポートだのムーン・シャイナーだの、ファンにはたまらない
あれやこれやがてんこもりで、つい『クラウド・コレクター』を読み返してしまった。

作品群では、特に「雲砂糖」(商品番号 0105番)とか
「ディナー・ツアーのチケット」(商品番号 0349番)がそそられますなあ。
食いしん坊なんでこういうアイテムは弱い。

本の1/3ほどを占めるのが、クラフト・エヴィング商會がデザインを手がけた
装丁作品で、写真が帯つき(単行本のみ)で載ってるのがよかった。
改めて見ると、デザインにブレのないコンセプトが見て取れて面白い。

装丁で好きなのは『パロール・ジュレと紙屑の都』と
岸本佐知子さんの『ねにもつタイプ』かなー。足穂全集は傑作だね!!



パロール・ジュレと紙屑の都

ねにもつタイプ

稲垣足穂全集〈1〉一千一秒物語