『劒槍秘録』メモ


仙台伊達家の蔵刀目録、『劒槍秘録』を閲覧できたので自分用メモ。

〔参照資料〕
日本美術刀剣保存協会宮崎県支部編 『劒槍秘録』 
 日本美術刀剣保存協会宮城県支部, 昭和55年10月発行


【『劒槍秘録』について】

・寛政元年(1789年)、当時御刀奉行であった佐藤東蔵によって編録された。
しかし、巻3-4に掲載されている内容と東蔵の没年が合わないため、巻3-4は東蔵の没後以後に編集されたものと考えられる。

・日本美術刀剣保存協会発行の活字本は、明治になって転写されたものであり、この転写本は時期は不明だが伊達家から日光東照宮事務官柴田晃陽氏の所有となった。原本は伊達家大井邸(品川区大井林町)に保管されていたが、明治45年の火災で焼失。

・巻1は伊達政宗から斎村(なりむら)まで、太閤秀吉や徳川家康から家重までの歴代将軍家、および禁裡から拝領したものを記し、その由緒伝来を伊達家の古記録から引用、さらに書簡類や東蔵自身が調査した内容なども書き添えてあるため、他の3巻より詳細。

・記載されているものは寛政元年時に収蔵されていたものではなく、一度伊達家に入ったもので、後に何らかの事情で出てしまったものなども含まれる。

・伊達家伝来として著名な「鶴丸国永」の太刀、景秀の「くろんぼ切」、義景の太刀などがどういうわけか記載されていない。特に景秀の太刀については、政宗以来寛政元年までは確実に伝わり、戦後まで伊達家を出ていないのに掲載されていないという不可解な点がある。





資料を手にして、とりあえず伊達組の記載から当たりましたが、
おっと、ここでも鶴丸が記載されていないのはどういうわけだ。驚きだぜ。
鶴丸に関しては、本当に信憑性のある一次資料が少なくて手を焼いている。



 【“光忠”についての記載部分】

『劒槍秘録』に記載されている“光忠”は巻1と巻3の二振り。
このうち、巻1に記されている「光忠御刀」が秀吉から賜ったものであると書かれている。


巻一

二    一    光忠御刀
   
   銘
   長

御記録云慶長元年 月日不知 木幡山御普請之節
太閤之御召舟を献らる仍之御拝領也 御腰物方無御伝光忠御太刀金拾五枚 忠山様御七夜御祝儀之節享保三年六月五日従 獅山様泉田木工御使者ニ而被進之蓋此御太刀なるへし



以前調べた政宗記の、木幡山の築城の際、政宗が献上した淀川に浮かべる舟を秀吉が気に入って、下賜した刀という記録と一致するので、これがそうなんでしょう。
が、やっぱりここでも“燭台切”の記述は見当たらず。
しかしなんでこれ長さ書いてないんだろう?
巻1の他の刀の記載に比べても、かなりアッサリした表記。

ちなみに巻3のほうの光忠も太刀。伝来の由来などは記載なし。
巻3は巻頭に「御代々御指之部」とあるので、いわゆる指料として使われたものだろう。
ところで「さしりょう」って「差料」表記が正しいと思ってたんだけど違うんだろうか。


【大倶利伽羅についての記載部分】


巻一

二七   一   大倶利伽羅広光御刀  
  磨上無銘     
  長弐尺弐寸三分

  安永七年十二月百枚迄之下見札直ル
  代金
  五拾枚突と下札

御記録云元和六年十月 日不知 江戸御城石壁御普請成就ニ付従 秀忠公御拝領也
御帳云従 台徳院様 義山様御拝領元和六年十月 日不知 但同年春江戸御城二之御丸追手口升形其外石壁御普請被 仰蒙御造畢之節也
御由緒同断
一 御鎺上下金無垢地鈩
一 御切羽金無工
一 御鐔赤銅分銅疎金覆輪
一 御縁赤銅 [魚肉] 子中樋      一 御柄鮫黒塗
一 御目貫御笄赤銅 [魚肉] 子桐鳳凰
    右御目貫御笄作光乗金六枚極有
一 御小柄赤銅 [魚肉] 子俱利伽羅龍裏金哺
    右御小柄作宗乗金三枚極有
一 御小刀平安城藤原金重       一 御鞘黒塗
一 御鵐目金   一 御柄白革     一 御下緒紅
一 御袋表浅黄純子銘縫有裏茶丸緒練繰
一 箱黒塗几帳面縁懸共金粉沃懸銘書金粉鐶甲銀
一 御三所物相入箱右同断


※[魚肉]は魚偏+肉

欄外に注釈があるけど省略。時間あるときに追加。
巻末に写真も載ってました。『図説 刀剣名物帳』(雄山閣)に載っている
押形も見ましたが、もう竜の彫り物がかっこいいのなんのってね!
頭の上に炎が舞ってるんですわ~。

秀忠から拝領したという記述は政宗記とも一致します。
貞ちゃんについても記載するつもりでしたが、この『劒槍秘録』、やたらに貞宗が多く、
ちょっと調べて整理してからにしたいので保留。







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