『武庫刀纂』燭台切光忠メモ&トーハクの刀剣たち


徳川ミュージアムの企画展「家康公と御三家展」で展示されていた
『武庫刀纂』の燭台切光忠について記載された頁をまるまる書き写してきたので
原文とキャプションまとめ。

(トークイベントのレポはこちらの記事です。)


このような感じでガラスケースの中に展示されてました。




徳川ミュージアムによる『武庫刀纂』のキャプション

武庫刀纂   全8冊のうち6巻

水戸藩8代藩主・斉脩が、水戸徳川家伝来の刀剣について後世に伝えるため編纂し文政6年(1823)に絵師に描かせた書。
展示中の頁は伊達政宗が家臣を斬った勢いで燭台も切れたことが名の由来である「燭台切光忠」の押型。
次の頁には寸法や名の由来などが書かれている。


本文   


傳云仙台侯政宗近侍之臣有罪隠于褐銅燈架

之陰政宗乃斬之燈架倶落故名之曰燭台斫燭

台之燈架之俗称也

義公嘗臨于政宗第政宗持此刀語其由終乃置

之坐右  公将帰請是刀政宗愛之不與

公乃強持之去云



徳川ミュージアムによる訳文


伝承によれば仙台藩主の伊達政宗の近臣の一人が罪を犯し燭台の陰に隠れていたところ、政宗がこれを燭台もろとも斬り倒した。そこからこの刀を「燭台切」と呼ぶようになった。

光圀が幼年の頃政宗の邸宅にて政宗から刀を身近に置きながら「燭台切」の由来を語り聞かされた。光圀はこの刀を欲し、政宗はお気に入りの品だから」と一度は断るも、最後は刀をいただいて帰ったという。


蛇足:ゆるっと訓読 (管理人による)

傳に言わく、仙台候政宗近侍の臣に罪有りて、褐銅の燈架の陰に隠る。政宗すなわち之を斬り、燈架倶(とも)に落ちる。
故に之を名づけて燭台斫と曰ふ。燭台これ燈架の俗称なり。
義公嘗(かつ)て政宗第(まさむねだい、まさむねてい)に臨(のぞ)む。政宗この刀を持ちて其の由(よし)を語り、終に(ついに、もしくは おわりて?)これを坐右に置く。公まさに帰らんとするにこの刀を請う。政宗これを愛し、與(あたえ)ず。公すなわち強いて之を持ち去ると云う。



蛇足の蛇足:燭台切光忠語訳 (CV:佐藤拓也でお読みください)

これは水戸徳川家に伝わってる話だよ。
政宗公のある家臣が罪を犯してね、銅製の灯架の陰に隠れてたんだ。

政宗公が手打ちになさったんだけど、その時一緒に灯架も斬れて落ちちゃったんだよ。
それで僕は燭台切って名前になったんだ。あ、燭台っていうのは灯架のことだよ。

ある時、水戸の光圀公が政宗公の屋敷に遊びに来たことがあるんだけど、その時政宗公が僕をそばに置いて名前の由来をお話になったんだ。そしたらね、光圀公が帰る時になって、僕を欲しいっていうんだよ。困っちゃうよね。

政宗公は僕を気に入って下さってたからね、あげられないよって一度はお断りしたんだけど、光圀公ってば、けっこう強引に僕を持ち帰っちゃったんだ。
うーん、やっぱり格好つかないな。


ちょっと思ったんだけど、燭台って細いだろ?
隠れるとこなんてなくないか??? 家臣のそういうどんくさいとこも含めて
イラっとして斬っちゃったのかな、という気もする。
物好きの政宗公のことだから、なんかすごくデコラティブでアヴァンギャルドな
デザインの燭台だったという可能性もあり得なくもないけど。

「公乃強持之去云」とはずいぶんな言い方ですね。ぶんどった、くらいの勢いだよ。
そもそもが伝聞スタイルなので信憑性はともかく、いろいろ想像が膨らんで楽しい。







せっかく京都から出てきたのだし、と午後は特急で水戸から上野に出て
東京国立博物館に展示中の三日月宗近と他の刀剣も鑑賞してきました。

トーハク、初めて行きましたが、めちゃくちゃ広いですね!!!
海外からの観光客もたくさんいて、混んではいるんだけど広々とした開放感があって、
いたるところにソファが置いてあるし、休憩挟みつつゆったり見れてとてもいいですね、あそこは。と思ったら、

・・・・おいおい、刀剣ブースだけ異様な混み具合だぜ????

三日月様の前がすごい人だかり!!さすが!さすが天下五剣!!!





写真だと反射で見えないですが、三日月の打ちのけ、はっきりわかったよ!
ぶっちゃけて言うと、個人的にはこの後で見た短刀の越中則重のような
ダイナミックな乱れ刃のほうが、わかりやすくカッコイイなと思ったのですが、
三日月宗近、きれいでした。
うーん、もうちょっと、ちゃんと鑑賞できる目を養いたいのう( ’ω’)






こちらが、トーハクに展示中の長船光忠。
午前中にあの焼刀を見たばかりだったので、燭台切光忠も被災する前は
きっとこんな美しい刀身をしていたんだろうな・・・と思ってまた胸が苦しくなった。

距離感も違うしひょっとしたらわたしの気のせいかもしれませんが、こちらの光忠より
燭台切光忠のほうがかなり細身のような気がしたなあ・・・。





見た瞬間「おおっ!?」と思って惹かれたのがこちらの短刀、越中則重。
則重の銘も鮮やかで、乱れ刃がダイナミックで見ていて惚れ惚れした。
なんというか、帯びているだけであらゆる災厄から守ってくれそうな力強さ。





こちらは国宝・相州貞宗。





 関兼定。
キャプションを読む限り、いわゆる「之定」と呼ばれた二代目兼定(和泉守兼定)
の初期の作品、ということでいいんだろうか。
ハバキがなんかデコラティブでかっこよかったです。



堀川国広。



津田助広。
これも見た瞬間「おお」と思った。
「濤瀾刃」というらしいです。どうもわたしはこういう派手な刃文が好きみたい。


正直、午前中の燭台切ショックでまだ魂が半分抜けたような状態で見ていたので、
ちょっともったいないことをしたなあ、と今となっては思います。

来年は福岡で「へし切長谷部」も公開されるそうだし、もっといろいろ見て勉強して、
違いがわかるように!なりたい!!
とりあえず次は「大関ヶ原展」かなー!!




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